ひどく風の匂い

弘明寺健太のブログ

「Careless Love」Madeleine Peyroux

このアルバムを聴いたのはたぶん2005年、まだリリース間もない頃で、Amazonか何かのネット上の試聴がきっかけで購入したと記憶しています。
初めて聴いたとき、極めてレトロで気怠い曲調のジャズなのに、とてもクリアで現代的な音質で作られているという、ある種アンバランスな、それ故に新鮮な響きに、まず耳を奪われました。すべてのアコースティック楽器の繊細なタッチが手にとるように伝わってきますし、ボーカルは唾を飲み込む音まで聞こえるんじゃないかと思うくらい生々しく録られています。技術の進歩とはたいしたものだと感心するとともに、これがなんとも気持ちよく、不思議な感覚でした。

マデリン・ペルーという人はこの時初めて知ったのですが、「現代のビリー・ホリデイ」と評されていたほど、そのアンニュイな歌声は実に魅力的。フランス系の血を引いていることがすぐ分かる、シャンソン歌手をも思わせるその空気感は、やはりどこかヨーロッパ的な哀愁に満ちています。
ただ正統なジャズ畑の人かと思いきや、その経歴は意外にワイルドなもので、アメリカで生まれ、13歳でパリ移住後に音楽を始めてからは、ストリートで歌いながらヨーロッパを旅するというような生活をしていたそう。確かに模範的なジャズボーカルマナーをなぞっただけではない、独特の濁りや、実年齢(たぶんこのとき30歳になったばかりくらい)以上の風格は、そういった経験から来るものなのかもしれません。そういえばこの、少し汚れた路地でじっとこちらを見つめているジャケットも、そんな逞しい出自を誇らしげに表しているようにも見えてきます。

ハイファイなサウンドで聴く、ビンテージのような味わいのあるブルージーなジャズ。今も聴くたびに癒されます。  


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「Hot Lunch」Asylum Street Spankers

アサイラム・ストリート・スパンカーズは、前回のHot Club of Cowtownと同じくテキサスのローカルバンドで、やはり2000年代初め頃のアコースティックスウィングブームの中で見つけたバンドです。確かディスクユニオンあたりで推薦されていた輸入盤を見かけ、これはよいアルバムに違いないと直感し、試聴もせずに購入。直感は的中しました。

フォーク、カントリー、ブルース、ジャズといった、アメリカのオールドタイミーなサウンドが持ち味で、ジャグバンド的な楽しさもあるこのバンドの結成は1994年。ギター、ウッドベース、バイオリン、クラリネット、ウクレレ、バンジョー、ハーモニカ、ウォッシュボード、ミュージックソウなど、あらゆるアコースティック楽器を奏でるメンバーはかなりの大所帯。中心メンバーの、様々な声色を使い分けるクリスティーナ・マーズ、コワモテのコメディアンといった風貌のワモに加え、ベテランのセッションミュージシャンから、俳優、果てはレスラー(!)まで、その顔ぶれはバラエティに富んだもので、入れ替わりも激しかったようです。
旅芸人一座のような大衆的で日常感のある佇まいは、酒場や路上での演奏を経験してきたというそのキャリアを充分に感じさせるもので、メジャーレーベルのアーチストにはない、"生"の音楽の匂いが漂ってきます。そしてそれは当時、最新の流行や華やかに着飾られた表舞台の音楽とは違うものを求めていた自分にとっては、まさに待ち望んでいた出会いでした。

またこのバンドが一筋縄ではいかないのは、そうしたルーツミュージックを基調としながらも、突然ハードロックのようなラウドなアレンジの曲があったり、コミックソングのようなおふざけの曲があったり、決して懐古主義に陥らない、雑多な音楽性を持っていたところです。
このアルバムは比較的おとなしめな(?)曲で統一されているものの、あえてとっ散らかった構成でリスナーを煙にまくような姿勢もまたこのバンドの魅力のひとつでした。

本バンドは残念ながら既に解散してしまったのですが。アメリカにはきっと、まだまだこうしたローカルな良いバンドがたくさんいるのでしょう。やっぱり本場の裾野は広い。最近だとサブスクやYouTubeで、またそんないいバンドがいないかと漁る日々です。


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「Tall Tales」Hot Club of Cowtown

このブログでは、自分が長年愛聴してきたお気に入りのアルバムを紹介していますが、忘れられないライブというのもいくつかあります。今回紹介するHot Club of Cowtownの、2002年に渋谷クラブクアトロで観たライブは、自分が生涯体験したライブの中でも間違いなくベスト3には入るものです。

Hot Club of Cowtownは、Whit Smith(ギター)、Elana James(フィドル)、Jake Erwin(ウッドベース)からなる三人組で、その音楽は、以前紹介したジャンゴ・ラインハルト(「Djangology」Django Reinhardt - ひどく風の匂い)に代表されるジプシースウィングと、カントリー&ウェスタンを混ぜ合わせたようなサウンドです。こうしたジャズとカントリーをミックスした演奏スタイルというのは、アメリカではわりと古くから伝統的にあるようですが、Hot Club of Cowtownはそれをさらにモダンに、テンポアップして、カッコ良く魅せてくれる、という感じでしょうか。1990年代半ばにニューヨークで結成後、クラブなどでチップを稼ぎながら実力をつけ、その後テキサスを拠点に活動するようになったといいます。
2000年代初め頃、日本ではウェスタン・スウィング/アコースティック・スウィングの秘かなブームがあり、僕も必然的にこのテの音楽が大好きになったわけですが、輸入盤で買ったこのアルバムもとても気に入りよく聴いていました。そのブームのお陰で彼らの来日公演を観ることができたのは本当に幸運だったと思います。

会場の渋谷クラブクアトロは、もちろんオールスタンディング。こういうダンスバンドを観るのにはやっぱりスタンディングに限ります。開演前の会場は耳の肥えてそうなちょっと大人なリスナーで満員という感じ。おっと、自分のすぐ後ろには、あのピーター・バラカン氏の姿も見えるではないですか。
ライブはまず、この来日公演を企画した麻田浩氏(プロモーター/ミュージシャン)のカントリーバンドによるオープニングアクトがあり、いよいよ三人の登場。

演奏が始まると、もう一曲目から怒涛の勢いのアンサンブルです。音を奏でる喜びを全身で表現する、フィドルのエラナ。涼しい顔で超絶技巧を繰り出す、ギターのウィット。激しいスラップ奏法で見せ場を作る、ウッドベースのジェイク。三人の音が渾然一体となって押し寄せて来る超一級の演奏に、会場は割れんばかりの大喝采。この世にこれ以上楽しい音楽が他にあるだろうか、と思わせるくらいの圧巻のステージです。
あっという間の2時間(くらい?)。終演後も興奮冷めやらず、帰り際、出口付近にいたプロモーターの麻田浩さんに向かって、知り合いでもないのに「最高でした!」などと言い残し店を出たのでした。本当に強烈な音楽体験でした。

彼らはその後若干のメンバーチェンジがありつつも、今なお現役で活躍中のよう。流行には左右されないバンドとしていつまでも活動し続けてほしいものです。


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「Marshall Crenshaw 」Marshall Crenshaw

このジャケットには見覚えがありました。80年代のニューウェーブ系のアーチストだったかな?くらいの認識でしたが、リリースは1982年。サブスクで全曲聴いたのが5年くらい前だったと思うので、迂闊にも40年くらい聴き逃していたことになります。リアルタイム世代でありながら未聴であったことか悔やまれるアルバム第1位かもしれません。

マーシャル・クレンショウ。この1stアルバムからシングルカットされた「Someday, Someway」という曲のビルボード最高位は36位で、今のところこれが彼の最大のヒット曲のようです。やはり知る人ぞ知る、といった部類のミュージシャンかもしれませんが、もっと認知されるべきアーチストだと思います。
その音楽性には、特に目新しさはありません。古き良きロックンロールの輝きを、80年代初頭の明るい空気の中に再び甦らせたような、まさにエバーグリーンと呼ぶにふさわしいサウンド。アルバムは全編通して文句なしのグッドチューンが並んでいて、もう全曲リンク貼りたいくらいです。

ちょっとほろ苦い歌詞も甘いメロディとよくマッチしていると思いますが、単なる懐メロやノスタルジーに終わらず、ロックンロールのスピリットをまっすぐに貫く実直さ。そして反逆的というより、ちょっと清潔感があって爽やかな雰囲気のメガネ君。そんな佇まいは、やっぱりバディ・ホリーの影が重なります。映画「ラ・バンバ」で、彼はバディ・ホリー役を演じており、そこで披露しているカバー曲「Crying, Waiting, Hoping」がこれまた絶品。本家への並々ならぬ愛情を感じます。
同じような風貌で一足先にブレイクしたエルビス・コステロも当時マーシャル・クレンショウをフェイバリットに挙げていたといいますから、やっぱりメガネをかけたロックンローラーは信用できます笑

春になるとなんだかこのアルバムが聴きたくなるのです。日差しが眩しくなってきたこの季節にぴったりの音楽だと思うのですが、どうでしょう? 


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「Odelay」Beck

20代半ば頃、リアルタイムな音楽をほとんど聴かなくなってしまった時期がありました。年代でいうと1990年代中期頃でしょうか。新しい音楽に興味がないというより、好きな音楽のルーツ、ルーツと辿っていくうちに、古い音源ばかり聴くようになってしまったのです。80年代以降のポピュラーミュージックの革新のひとつに、ヒップホップとそうした音楽方法論があったと思うのですが、これがどうも馴染めず、とりわけアメリカではその波が大きかったこともあり、すっかり洋楽のヒットチャートには疎くなってしまいました。その頃自分が聴いていた音楽といえば、古くは戦前のブルースから、せいぜい60年代の初期ロックという感じで、ややもすると、最近の音楽はつまらないという偏見まで持ちがちで、リスナーの耳としては相当アナクロな感覚になっていたと思います。

ところがそんな僕の偏った志向を覆すアーチストが現れます。それがこのBeckでした。
当初のイメージは、当時流行っていた、サンプリングを多用したクラブミュージックをやっているアーチストという感じだったのですが、これはかなり見当はずれな認識だったことに気づきます。よく聴くと結構土っぽくてアコースティックな要素もある。特に印象的だったのは、スライドギター(ビンの首を弦に滑らせて音を鳴らす、ブルースの古典的な奏法)やブルースハーモニカが、こんなにヒップホップと合うのだということ。しかしよく考えると、戦前ブルースもヒップホップも、ストリートから発生したブラックミュージックという意味では同一線上にあるものですし、その親和性に気づいていたベックにとってこうした手法は確信的な戦略だったのかもしれません。ベックの音楽にはブルースやヒップホップに留まらない様々なジャンルが万華鏡のごとく散りばめられていて極めて情報量の多い音楽なのですが、とりわけカントリーブルースからの影響は、なんかクールだから取り入れてみよう、というような浅はかな動機によるものではない、太い根っ子として存在しているように感じられました。

そしてそれは、インディーズ時代に作られた「One Foot in the Grave」というアルバムで裏付けられていました。ここで聴けるのは、とても90年代に、しかも若者が録音したとは思えない、ディープな、どカントリーブルースです。若者らしからぬのは音楽性だけでなく、低いしわがれ声もまたしかり。かつてボブ・ディランが若くして老人のような声と評されたのを彷彿とさせます。しかも本人は結構童顔なルックスだけに、そのギャップに驚いた人も多かったのでないでしょうか。

ラップやハードコアパンクのような、いかつくて威圧的な表現も、この人の手にかかるとパロディのようなユーモアさえ僕は感じたりするのですが、これだけ雑多な音楽すべてにリスペクトを持っているのでしょう。これらを折衷するセンスの見事さは、愛情あってこそ成り立つもの。一聴すると奇抜な彼の音楽ですが、聴けば聴くほど病みつきになる魅力があると思います。ベックとの出会いは、僕にとって、あらゆる音楽に対する先入観や偏見を取り払うきっかけのひとつになったのでした。


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「LIFE」小沢健二

テレビドラマを観るのは結構好きなんです。先のクールで良かったのは「冬のなんかさ、春のなんかね」というドラマ。民放の地上波ではちょっと珍しいくらいのセリフの間、ほぼ進展しないストーリーの中で描かれる人物描写がとても丁寧で、改めて人と人との関わりとは何かみたいなことを考えさせられるドラマでした。個人的には、自分が若い頃の悶々とまったりと過ごした日々を思い出したりもしましたが、あの無遠慮で、図々しくて、でもおおらかだった人間関係というのは、やはり若い時にしか得られないもので、いつの間にそういうものから遠ざかってしまったのだろう、と感じずにいられないのでした。

1990年代、まだ日本に若者がもっとたくさんいた頃、ユースカルチャーを謳歌する音楽が巷には溢れていました。そしてその時代、若者にとって音楽は、たぶん今よりももっと欠くべからざるアイテムとして生活の中に浸透していたと思います。ファッションとしての意味も含めて。
小沢健二の「LIFE」というアルバムも、まさにそんな時代を象徴するアルバムのように語られることも多かった気がします。ただそこで歌われる港区・渋谷区的な遊興の世界に、果たして当時同世代のどれくらいがリアリティーや共感を持って聴いていたのは分かりません。かく言う僕も、いわるゆ「渋谷系の王子様」という立ち位置やそんなパブリックイメージに惑わされ、彼の音楽の本質を見過ごしていたような気がします。小沢健二という人の音楽が本格的に気になりだしたのは、このアルバムの後の、アコースティックジャズ的なアプローチで作られた「球体の奏でる音楽」あたりからでしょうか。

「LIFE」が単なる流行に乗った作品ではなく、小沢健二の作家性が生み出した、90年代の狂騒を舞台とした一種の青春小説、恋愛短編集だったという見方が一般化したのは、しばらく後になってからではないでしょうか。(当時も評論家や一部のコアなファンの間ではそういう評価はあったかもしれませんが。)このアルバムは、テレビや東京FMから流れてくるのを聴くのと部屋で一人で聴くのとでは、だいぶ印象か違ったものです。どんなにアッパーで多幸感に溢れたチューンでも、その中に必ずどこか儚さや内省がある。この人は本当にそういう表現が巧みだと思います。また、歌謡曲にも通じるような親しみやすいメロディーとそれを最大限に引き立てる完璧なアレンジも、より多くの人に届く普遍性があり、こうした奥深さこそが、何年経っても聴き飽きない魅力の秘密なのだと思います。いや、聴き飽きないというより、時間が経つほどに、先述したような文学的な味わいが増してくるから不思議です。彼が専攻していたアメリカ文学に例えると、僕のとても浅い知識から連想するに、スコット・フィッツ・ジェラルドの「グレート・ギャツビー」とか。

「球体の奏でる音楽」をリリース後しばらくしてから、彼は忽然とシーンから消えてしまいました。それは計画されたものだったのか、そのせいもあって彼が残した歌詞の数々は、ますます青年期の手記のようなニュアンスを帯びることになりました。
近年はまた音楽活動を再開しているみたいですが、マイペースな活動の仕方は、職業ミュージシャンというよりやはり作家(随筆家)的な性質を感じずにはいられません。


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「Gumbo Ya-Ya - New Orleans 28 All-Time Hits」

ニューオーリンズ話の3回目です。
そんなわけでニューオーリンズサウンドは、僕にとっては楽しかった旅の記憶を呼び起こしてくれる音楽でもあるのですが、そんなムードに浸りたい時はやっぱりコンピレーションアルバムがよいです。「Gumbo Ya-Ya - New Orleans 28 All-Time Hits」は60〜70年代のニューオーリンズ産ヒット曲を集めた良盤。これ一枚で、あの暖かくておおらかなニューオーリンズの街に入り込んだような気持ちになれる、というと少し大げさでしょうか。
ほのぼのかつゴキゲンなダンスチューンが満載のアルバムですが、切なくもどこか懐かしさを感じさせるバラード系の楽曲たちも実に味わい深い。特に僕が昔から大好きなのがIrma Thomasの「It's Raining」という曲。これは僕の中では勝手にアメリカンポップス三大バラードのひとつになっています。(その話はまたいずれ)

この6/8拍子で刻まれるピアノは、雨音のようにも聞こえますが、スワンプ(湿地帯)のルイジアナに位置するニューオーリンズにはわりとよく出てくるリズム。日本の曲だと「長崎は今日も雨だった」や「夜霧よ今夜もありがとう」などと同じリズムですが、僕にはこのリズムに温かく湿り気のある曲調を感じずにいられないのです。
降りしきる雨に今はいない恋人のことを想う歌詞がたまらなく切ない、でもとてもロマンティックに響くラブソング。何度聴いても、あぁなんて美しい曲なんだろうと溜息が出てしまいます。

ちなみにこの「It's Raining」は、ジム・ジャームッシュ監督の映画「Down by Law」でもとても印象的な場面で使われています。人里離れた一軒家で、恋に落ちた男女がこのレコードを流しながらチークを踊るシーン。カット割りはなくアングルも固定されたまま、ただただ二人の踊る姿とそれを無表情に見守る仲間たちを映すそのシーンは、ジム・ジャームッシュらしいシュールな演出がさえる名場面であり、淡々とルイジアナの風景を描くこの映画のハイライトのひとつです。

そしてこの曲の作者はAllen Toussaint。アラン・トゥーサンもまたニューオーリンズの音楽を語る上で外すことのできない最重要人物。ニューオーリンズのヒットメイカーともいうべき彼の手がけた作品は、このコンピレーションでも多く聴くことができます。アメリカのR&Bの中でも、ノーザンソウルのような洗練さとも、サザンソウルのような泥臭さとも違う、独特なスタイルを定着させたのはトゥーサンといってもよいのではないでしょうか。それは朴訥としながらも粋なスタイルで、やはりどこかローカルな港町の風情のようなもの感じずにはいられません。

ニューオーリンズ的なサウンドを取り入れた和洋のロックは数多くあり、たくさんのミュージシャンたちを魅了してきた証しといえるでしょう。このブログでもまた紹介することになると思いますが、そうした音を聴く度に、いつも心躍らずにいられないのです。


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