ひどく風の匂い

弘明寺健太のブログ

「Rufus Wainwright」Rufus Wainwright

これも当時CDショップの試聴コーナーで見つけ、気に入って購入したアルバム。CDの紹介文には、数十年に一人の才能で、その高い音楽性が今アメリカで大変な話題になっている、というようなことが書かれていた気がします。こういう宣伝文句に弱い僕。どれ、と思って聴いてみると、もう一曲目から引き込まれました。即買いし、その後すっかりお気に入りの一枚となったのでした。

ルーファス・ウェインライトは、両親ともがミュージシャンという、いわばサラブレッド。若くしてファミリー構成のフォークバンドの一員として音楽キャリアをスタートさせますが、その音楽性は、音楽学校で学んだクラシックや、オペラ、シャンソンといった非ロック、非ポップス的なジャンルからも多大な影響を受けたといいます。その経歴通り、このアルバムから聴こえてくる音は、時代をちょっと超越したような、流行とはほぼ無縁なサウンドです。
そしてこのアルバムのエグゼクティブ・プロデューサー(ってどういう役割かよく分からないのですが)は、前回のブログで紹介したHarpers Bizarreの「The Secret Life of Harpers Bizarre」と同じくLenny Waronker。古き良きアメリカへの憧憬たっぷりの、ノスタルジックな、あの「バーバンクサウンド」の立役者といえる名プロデューサーです。ハーパース・ビザールのアルバムと本作は実に30年の隔たりがありますが、バーバンクサウンドの味わい深さは変わっていません。これは本作を語る上で欠かせない要素でしょう。こうした条件が揃えば、それはもう時を経ても色褪せない普遍的な音になるはずで、ゆえに本作はいつまでも風化することなく長く聴き続けることができるアルバムといえるのではないでしょうか。

アルバムの中で最もキャッチーな曲といえば、シングルにもなった「April Fools」。ミドルテンポの軽快なリズムに乗った美しいメロディーが、聴く者の高揚感を掻き立てます。そして妹君であるマーサ・ウェインライトとのデュエットがまた素晴らしい。まさにポップソングのマスターピースたる風格をたたえているような曲で、本作を聴くたびにこの曲が始まるのを心待ちにしてしまう、大好きなナンバーです。

実はLenny Waronkerのこともバーバンクサウンドのことも、後で知った知識ではあるのですが、色々と音楽を聴いていくうちに、このルーファス・ウェインライトとハーパース・ビザールのように点と点だった好きなものが繋がると、またひとつ魔法の謎が解けたようで嬉しくなるのです。


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「The Secret Life of Harpers Bizarre」Harpers Bizarre

前回に続き、今回もソフトロックです。Harpers Bizarre。このバンドが奏でる音は、まさにソフトロックと呼ぶに相応しく、柔らかで、端正で、クール。またこのバンドを形容するもうひとつのワードとして「バーバンクサウンド」があります。カリフォルニア州バーバンクに本社を置くワーナーブラザーズレコードの制作スタッフたちが主に生み出した一連のレコード群を指してそう呼ばれるものですが、古き良きアメリカ音楽を彷彿とさせる弦や管楽器のアレンジが、強くノスタルジーを演出します。
ただこのバンド、名前にビザール(奇妙な)という言葉が付くだけあって、こうしたサウンドの中にも、それだけでない何か不穏なものを感じさせます。あからさまに奇をてらっているわけではないのですが、よく聴くとどこか普通でない。
例えば、ディズニーランドのイッツ・ア・スモールワールド。あのアトラクション、過剰なまでのメルヘンさに、ちょっと不気味なものを感じるのは僕だけでしょうか?あるいはドキドキとワクワクの中にも、怪しさが常に漂う古いサーカスのテント小屋とか。僕にとって、ハーパース・ビザールの音楽はそういうイメージです。

本作は1968年リリースの、彼らの3rdアルバム。空想癖を持つ頼りない男が主人公の映画「虹を掴む男」へのオマージュが込められた作品ということで、実に彼らの音楽性にマッチしそうな内容です。そのコンセプト通り、アルバム全体がサウンドトラックのような趣きになっており、またバンドが得意とする古いポピュラーソングのカバーが本作でも何曲か聴くことができます。ときに映像を喚起させるような壮麗なサウンドは、穏やかで甘美なムードに満ちていますが、やはり何か夢を見ているような独特の浮遊感があり、このままここに留まっていたら抜け出せなくなってしまいそうな不安をかき立てます。

収録曲でお気に入りのひとつが、アルバム後半のクライマックスともいえる「Mad」。現実世界のすべてから解き放たれて、恋人と二人だけの世界に逃避することに歓喜する、屈折したポジティブさがたまらないラブソングで、まさにこのバンドの真骨頂という気がします。(聴きようによってはストーカーの歌に聴こえなくもない?)
アルバムはそのあと、アルバムテーマ曲の短いリプライズを挟み、ラストナンバー「The Drifter」で大団円を迎えます。この「The Drifter」は、前回ブログで紹介したロジャー・ニコルスとポール・ウィリアム共作の大名曲。Bメロをカットするという大胆なアレンジですが、まったく違和感ないどころか、ここでは逆にドラマチックな効果をあげているように感じられ、もう大好きなバージョンです。社会や常識に縛られて生きるよりも、万物の美しさに目を向けて漂流していたいという、芸術の創造力へのアンセムともいえるこの曲でアルバムを締めくくるとは、何とも憎い構成です。

そしてやはりこのアルバムも大音量で聴きたい。68年の録音と思えない程の高音質なので、バーバンクサウンドのダイナミズムを是非じっくりと味わいましょう。
本作はビートルズのサージェントペパーズや、ビーチボーイズのペットサウンズの陰に隠れがちですが、ロックのサイケデリック期に生まれた、それらと肩を並べるもうひとつの傑作だと思います。


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「Roger Nichols & The Small Circle Of Friends」Roger Nichols & The Small Circle Of Friends

このアルバムをCDショップの店頭でよく見かけたのは、1990年代前半頃だったと記憶しています。そのジャケットから、僕はしばらく、これはジャニス・ジョップリンのレコードだと勘違いしてました笑
本作はソフトロックのアルバムとしては定番中の定番、バイブル的な作品といえるでしょう。オリジナルリリースは1968年だそうですが、当時はたいして話題にもならなかったものの、90年代の日本で、とりわけ渋谷系アーチストたちのルーツとなった音楽というふれ込みで、世界に先駆けてCD化されています。
その経緯の通り、ほとんどの日本人はこのアルバムの音を、当時の渋谷系サウンドと重ね合わせて聴いたのではないでしょうか。僕も初めて本作を聴いたときは、1曲目から「これ、フリッパーズギターじゃん。いや、フリッパーズギターが真似してるのか…」などと思ったものです。

ソフトロックという呼称は日本特有らしいですが、アレンジもコーラスワークもコード進行も非常に洗練されたそのアプローチは、むしろ「ロック」というイメージの対極にあろようにも思えます。それでもあえてポップスとかポピュラーミュージックとは言わずにロックと呼んでいるのはなぜなのか。それはこのサウンドの手ざわりが、産業的ではなく、ハンドメイドっぽい温もりを感じさせるからではないかと個人的には思います。ボーカルなんかどこかちょっと素人っぽい魅力がある。90年代当時、音楽だけでなくファッションでも、60'sレトロがサブカル的なブームとなっていた日本の街中で、このサウンドはとてもよくマッチしていたような気がします。

とはいえ.実は僕がこのアルバムの良さに本当に気づいたのは、2000年代に入ってからだったと思います。以前のブログでも度々触れてきたように、90年代の個人的な音楽嗜好は、リズム&ブルースなどわりとアクの強いブラックミュージック系に偏っていたため、一聴すると正反対な音楽性に感じるソフトロックというものに、当時は今ひとつピンとこなかったのです。
ただ年齢を重ねるにつれ、これらの音楽にある緻密さ、細部までこだわる職人技的な魅力に気づくようになりました。思うに、ソフトロックは大音量で聴くのが良い。アレンジの妙はもちろん、楽器の繊細な音色を味わうのも楽しみ方のひとつではないでしょうか。

収録曲は、オリジナル曲に加え、ビートルズ、バート・バカラック、キャロル・キング、ラヴィン・スプーンフルといった黄金ポップの担い手達のカバーが並びます。いずれも終始スタイリッシュな姿勢を崩さないサウンドには潔ささえ感じますが、僕が特に惹かれるのはストリングスの、流麗かつチャーミングな響き。とりわけ4曲目「I can see only you」における美しさには溜息が出てしまいます。

ガツンと腹に響くようなR&Bやロックも良いですが、やっぱり僕はこういう音楽が大好きなのです。


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「Frampton Comes Alive!」Peter Frampton

昔からギターヒーローというものに対する憧れがあまりなく、いわゆる英国の三大ギタリスト(エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ)もそれほど熱心に追いかけることはありませんでした。ギターは大好きな楽器ですが、音楽を聴くにあたっては、やはりまずは楽曲に耳がいくという志向だったからだと思います。そんな中で、この人はかなり好きなロックギタリストです。

ピーター・フランプトンは、イギリス出身のシンガーソングライター/ギタリストです。本作は1976年にリリースされ、2枚組のライブアルバムでありながら全世界で大ヒットを記録し「ライブアルバムの金字塔」とも称されることになった作品。調べると色々と逸話があるようです。それまで決して大きなセールス実績のあるアーチストではなかったけれど、年間200本に及ぶ精力的なライブ活動とプロモーションを行ったこと、当初1枚のアルバムだった予定が、それでは足りないと感じたレコード会社の上層部が2枚組で発売することを決めた話、また一方でヒットの要因は彼の甘いルックスによるものだと、揶揄する声も当時はあったようです。
本作は、同じ頃にやはり大ヒットした、フリートウッドマックの「Rumours」やイーグルスの「Hotel California」と並んで、ロックが初期の反体制的な精神性を失い巨大産業化した象徴として、ややネガティブに語られることも少なくありません。ただ、とんでもない大ヒットをするアルバムというのはやはりそれだけの理由や魅力がある。音楽的にも。

このアルバムは、ライブアルバムならではの魅力がたくさん詰まっています。ライブ空間が感じられる音の録り方、それでいて各楽器のタッチもしっかり伝わってくる。観客の声援の入り方が少しわざとらしいなと感じるところがなくもないですが、そういう声援や手拍子もサウンドの一部として巧みに取り入れられていて、自分もその熱気の中にいるような気分にさせてくれます。そしてもちろん、本人はじめ手練れのバンドメンバーによる、確かな技術に裏打ちされた、聴き応えのある演奏がたっぷり堪能できます。

彼のギターについていうと、その奏法はハードロック全盛だった当時ではちょっと珍しいものだったかもしれません。ロックギターの常套句ともいえるチョーキング(弦を、弦の垂直方向へぐいっと押し上げたり押し下げたりして音をベンドする奏法)よりも、スライドやトリルを使って、フレーズを細かく繋いでいくスタイル。ちょっとジャズに近いかもしれませんが、それでもしっかりロックンロールしている。正直言うと、前述の通り若い頃は楽曲中心に聴いていたので、このアルバムも曲のキャッチーさ、ポップさに惹かれて聴いていたところがあり、ギタープレイに関してはあまり耳が向かなかったのですが、年齢を重ねるにつれその良さや巧さが分かるようになっていきました。
また、トレードマークのレスポールカスタムによる煌びやかな音色も魅力的ですが、やはり彼のプレイで欠かせないのが、トーキングモジュレータ。これはギターの音をアンプからそのまま出すのではなく、専用のスピーカー経由で、ビニールチューブを通して口に繋ぎ(チューブを咥えて)、口の中て共鳴させるという変な装置です。話し声とギターの音が混ざりあったような独特な音色を生み出します。

レコードから聴こえてくるこの不思議な音はいったい何なんだろう?と、しばらく謎だったのですが、こういうひねりを加えるあたりも、彼のアーチスティックなこだわりが垣間見えるようです。

当時、アイドル人気だなんて言っていた人たちは本当にこの演奏を聴いていたんでしょうか。大ヒット相応しい名作だと、僕は思っています。


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「Seasons of My Soul」Rumer

前回がアレサ・フランクリンだったので、それで思い出したアルバムを今回はご紹介します。
パキスタン出身でイギリスのシンガーソングライターであるルーマーの、2010年のデビューアルバムです。

ルーマーは、複雑な家庭環境で育ち極貧生活や放浪生活さえ送ったという数奇なストーリーや、時代性とは距離を置く普遍的な音楽性が話題を呼び、デビュー作にしてヒットを放ちました。そしてそのソフト&メロウな歌声とサウンドは、60/70年代のソフトロック、とりわけバート・バカラックに由来するものとして、そんな触れ込みで売り出されていたと記憶しています。最も伝わりやすい表現としてなのか、カレン・カーペンターの再来のように扱う論調が多かったのにはやや辟易したものの、2010年になって突然ともいえる、正統的なバカラックイズム(そんな言葉あるのか?)の後継者の登場には、色めきだったものです。彼女を特定のカテゴライズに留めてしまうつもりはないのですが、やはりそうした遺伝子をしっかりと受け継いでいるアーチストだと思います。

冒頭でアレサ・フランクリンからの繋がりということで書き出したのは、このアルバムの中で特に僕の好きな曲が、「Aretha」という曲だからです。
この曲はタイトル通り、アレサ・フランクリンへのオマージュであると同時に、その歌詞はルーマーの自叙伝的な内容となっているようです。
不遇な境遇にあるのか、学校にも馴染むことができない少女が、その暗い世界の中で、アレサ・フランクリンの歌声に、音楽というものに、生きていく光を見出す。そんな姿が、ルーマーの美しい歌声によって鮮やかに描きだされます。

I got Aretha in the morning high on my headphones and walking to school
I got the blues in springtime
Cause I know that I’ll never have the right shoes

学校へと向かう朝
大音量のヘッドホンで
アレサを聞いていた
春は憂鬱
自分に似合う靴なんて
手に入らないと分かっているから

Momma she'd notice but she's always crying
I got no-one to confide in Aretha nobody but you

気づくはずのママはいつも泣いてばかり
心を打ち明けられるのはアレサだけ

"You got the words
Baby you got the words"
「ベイビー、あなたには言葉があるはず」

Oh Aretha
Aretha I don't wanna go to school
Cos they just don't understand me
And I think the place is cruel

アレサ、学校になんか行きたくない
そこは誰も分かってくれない残酷な場所だから

"Child, Sing out
Raise your voice
Stand up on your own
Go out there and strike out"

「歌いなさい 大きな声で
立ち上がって そこから出て 
突き進むのよ」

I got the blues In springtime
Cos I know that I'll never have the right shoes
But I got the words

春は憂鬱
自分に似合う靴なんて
手に入らないと分かっているから
けれど私は言葉をつかんだ

この詩情豊かに歌われる、少女の心の中のアレサとの対話には、今も聴くたびに深く引き込まれます。

ルーマーはその後も、オリジナル楽曲だけでなく、ソフトロックの名曲やバカラックのカバー集をリリースするなど、古き良き音楽遺産への憧憬と敬意に溢れたアルバムを出し続けています。やはり時代の空気には流されない強い意志を感じます。


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「I Never Loved A Man The Way I Love You」Aretha Franklin

以前のブログで書いた通り、オーティス・レディングを聴いてソウルミュージックに目覚めた僕が、その次に好んで聴いたのがアレサ・フランクリンでした。特に名盤の誉れ高いこの「I Never Loved A Man The Way I Love You」は、初めて聴いてから35年以上経ちますが未だに強く心に残るアルバムです。

アレサ・フランクリンはデビュー後5年くらい、ソウルシンガーというより、もう少しポピュラー・ジャズ寄りなシンガーとしての活動期間がありました。ただこの時期の音源を聴くと、既に彼女のゴスペルフィーリング溢れる歌唱は確立されているものの、やや上品なバッキングの演奏と今ひとつあっていないのも明らか。そこでそのエモーショナルな歌声に目をつけたのが、当時もっと泥臭いR&B、サザンソウルのレコードを多く手がけていたアトランティックレコードでした。本作はそのアトランティックへの移籍第一弾ですが、まさにここからアレサの真価が発揮されたといえるでしょう。かくしてこの目論見は大成功、1967年にレコードがリリースされるとたちまち大ヒットし、アレサは「ソウルの女王」としてのポジションを不動のものにします。

アルバム1曲目はオーティス・レディングのカバー曲「Respect」から始まります。オーティスのオリジナルは、ストレートで勢いのある、ディープソウルの魅力がたっぷり詰まった大名曲ですが、アレサのバージョンも決して引けをとらない秀逸な出来栄えです。オリジナルよりちょっとブルージーかつスウィンギーな演奏に加え、アレサの歌はそれ自体がリズム楽器?というくらい跳ねていて、グルーヴの塊のよう。そこにゴスペルっぽいバックコーラスのかけ合いが重なり、もう踊りださすにはいられなくなる楽しさ。しかしオーティスのオリジナルから2年と経たないうちにこんなハイレベルな競作が繰り広げられる60年代のソウルミュージック界隈、すごい時代です。
アルバムは全編通して、そんなノリノリのナンバーから、胸が熱くなるバラードまで、アレサの若々しく溌剌とした歌と演奏が堪能できる内容で、彼女の長いキャリアの中でも後世まで残る輝きに満ちた一枚だと思います。

ちなみにこの、アレサとアトランティックレコードとの契約を実現させたのは、ジェリー・ウェクスラーというプロデューサー。実はこの人、「リズム&ブルース」という言葉を生んだ人だそうで、それまで「レイスレコード」と呼ばれていた黒人音楽に音楽的な位置づけをした人物ともいえると思います。彼はレイ・チャールズやウィルソン・ピケットなど錚々たるアーチストも手がけていますが、アレサの転向の立役者であったことは、多くの仕事の中でも特に象徴的な功績ではないでしょうか。アレサの歌声にある種のエンタメ性を見出したその才覚は、ちょっと大げさにいうと、アメリカの大衆音楽の歴史に重要な役割を果たしたとさえ思えるのです。


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「スピッツ」スピッツ

今クールで見応えのあるドラマといえば「Tシャツが乾くまで」。以前このブログで小沢健二の「LIFE」というアルバムの紹介をした際、「冬のなんかさ、春のなんかね」というドラマの話にも少し触れましたが、僕は昔からやっぱりこういう会話劇のドラマが好きなのです。セリフのひとつひとつが、言葉通りの意味だけでない、その裏にある色んな感情が含まれているように聞こえるし、役者さんたちの演技も本当に素晴らしく、毎週楽しみにして観ています。そしてドラマの最後に流れてくるのは、あのスピッツです。なんというか、このドラマの主題歌がスピッツというのは、必然という気がするのです。

言うまでもなく、90年代に青春時代を過ごした人たちのかなりの割合が、多かれ少なかれスピッツの音楽に触れてきたのではないでしょうか。これは僕の経験から実感することです。身の周りの友人から彼らのCDを薦められたことが何度あったことか。ただ実は正直に言うと、僕は彼らのストレートにJ-POP寄りなサウンドが当時ピンと来なくて、のめり込む程には魅力を感じなかったのです。

それでもそんな僕が何度も繰り返し聴くくらい愛聴していたのがこのファーストアルバムでした。このアルバムは、ライブハウスシーンからのし上がってきたスピッツの、まだ洗練されていない荒削りな姿を感じることができる一枚で、特に歌詞のダイレクトな伝わり方に関しては、こうした素朴な演奏によるところが大きかったように思います。(とはいえ既にとても完成度の高い作品です)

スピッツは、一般的には甘酸っぱい青春ソングを得意とするバンドというイメージがあるかもしれませんが、確かに思春期の日常をテーマにしつつも、そこにあるのは、モヤモヤと悶々とした、言葉にできないような感情のかたまり。その言葉にできない言葉を、シュール、幻想、怪奇、エロティシズム等のモチーフを散りばめながら紡ぎ、そうした手法によって人間関係を描く。それでいてメロディやサウンドは爽やか。スピッツの音楽の独自性は、今も昔もまさにこの点にあると思います。こうした世界観は、特に初期作品においてはどちらかというと陽よりも陰の方にバランスが置かれていた気がします。僕がこのアルバムをよく聴いていた20代の頃は、そうした志向の方が自分にとって共感しやすく、そのためその当時のリアルタイムなヒットアルバムよりも、僕はこちらばかりを聴いていたのでした。

とんがったゴミの中
固くなる身体を寄せあって
頑張って嘘つきで
それでいて真面目な告白に
ちょっと君を見て
海を見て
あくびして
      「海とピンク」

しかし後になって、一連のヒット作品も大好きになりました。妻が持っていたそれら一連のアルバムをほぼ私有化し、今一度聴き漁ったものです。かつては洗練されたサウンドに惑わされて気付かなかったけれど、先述した彼らの音楽の本質は少しも変わらずそこにありました。多くの人たちの人生がそうであるように、スピッツの音楽もまた成長とともに陰と陽のバランスが絶妙に昇華され、普遍的なものになったのだと、そんな風に思えました。だからこその大ブレイクであり、今も活動が続く長寿バンドたる所以なのでしょう。

お気に入りのドラマの主題歌は、彼らの成熟度が味わえる佳曲だと思いますし、毎週それを聴くたび、変わらぬ健在ぶりには嬉しくなります。


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